全てが唯洩れている場所
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
世の中には2種類の人間がいる。
他人と一緒にいて強くなる人と脆くなる人。
たぶん、前者が強者。
後者は、他人に甘えられずエネルギーに余裕が無い。
自分がどっちかなんて考える迄もないて思ったね。
別に、一般職がダメなんて言ってない。ただ自分には合わないだけで。
私は自分の野心家な部分や、虚栄心が強いことを知っているからね。
だから目の前のことにしか興味が無いし、手に入ればそれも意味を持たなくなる。
そういう人間のための職種なんじゃないかな。基幹職って言うのは。
自分の危うさはわかってるつもり。あくまでもつもりかもしれない。
一直線な人が羨ましくて、妥協と言い訳をやめた。そしたら周りからはある程度認めてもらえたけれど、その短所も痛感したわけ。
『冷徹』『過激』『独裁』『傲慢』それから『孤独』。
そんな言葉が私の代名詞になった気がする。
そんな自分が自分らしく生きる場所なんてあるのかなぁ。
自分を曲げて変えていかなければならないのなら、自分の思ったことを言わずにやらずに生きてくのなら。
爪も牙も角も何もかも隠して生きるみたいでややこしい。
私は自分の立ち位置を知っている。グループワークでインテリを押し退けて陣頭に立つのは、彼らに余す事無く力を発揮してもらうため。指示を出しているのか出されているのか。でも私には論理的思考も緻密さもないから、自分が出来るのは彼らの能力を普通のレベルまで噛み砕くことだけだから。
正直、仕切るのは好き。自分に合っていると思う。
『独裁』
頭から離れない。
私は周囲を虐げている?
自分の我儘に付き合わせている?
傷つけている?
都合よく押しつけているだけ?
活動中の私が冷や汗をかいてるのはたぶん、すごく恐がっているからだ。
何度も聞いてしまう。『私、暴走してませんか?』
何度も言ってしまう。『独裁者になったら黙らせてください』
達成志向性、イニシアティヴ、概念的思考能力、リーダーシップ、分析的思考能力、プレッシャーへの耐性。
そんな言葉に言い換えるべき?
それとも今の自分を捨てたほうがいい?
友好性や人当たりはあまりよくないらしい。
適性診断を見て納得した。
『自分を孤独だと思っている』だなんて悲しくて笑えるね。でも当たってる。
たえず何かに追い立てられているので、気が付いたら周りには誰もいないことが多くて。『出来ない』って笑い合う人、そう言えばいないな。出来ないって気が付く前にどうすればいいか考えてしまう性格だから、はた目から見て迷いが無いように見えるらしい。
女の世界じゃ特に意見は求められにくい。自分は違うと思っても言わない。あくまでも肯定しか許されない聞き手。
長くいるからわかる不文律。
だからこそその裏の心理が透けて見えるような気がして疑心暗鬼になるんだね。
『失敗しろ』『出来るわけない』『自慢屋め』
そりゃ、口も閉ざしたくなる。誰かといてあとで悪口言われるなら一人で恨まれたほうがいい。本当そう思う。
恐がりな私は手加減を知らない。大人もドン引くような容赦無さ、この間ついに叱られた。自分に利が無いからって人の気持ちも踏み躙ってしまったこと。一度や二度じゃないよな。最低。
それを『熱意』と言ってくれた人もいる。嘘でも嬉しかったなぁ。
その人がこの間ポツと言った。『ライカさんの周りには否定するひとばかりいるんだね』って。
違う。否定されたことしか覚えてないんだよ。
肯定は裏返して真意を読むくせがついてるから、実質私の周りには否定と禁止が溢れている。
手負いの獣みたいな考え方だなって自分でも思った。
そうまでして嘘吐いて傷つけて手に入れようとしてるものは、無意味かも知れなくて、やはり自分には荷が勝ちすぎているかもしれなくて、分からなくて怖くなった。
わたしはあんなに無理したくない。ああなりたくない。そう言われてることも実は知ってる。
そうしか出来ない人はどうすればいい?
答えは無い。納得できるまでそうやって生きるしかないと私は思っている。
無理とか不可能とか言われると、ならいっそ殺してくれよと叫びたくなる。
ひとりはさびしい。だれかといたい。はなしをきいて。
でもそれ自体が『恵まれてる奴の甘え』だと。
もういい。面倒臭い。
手負いの獣で結構だ。
他人と一緒にいて強くなる人と脆くなる人。
たぶん、前者が強者。
後者は、他人に甘えられずエネルギーに余裕が無い。
自分がどっちかなんて考える迄もないて思ったね。
別に、一般職がダメなんて言ってない。ただ自分には合わないだけで。
私は自分の野心家な部分や、虚栄心が強いことを知っているからね。
だから目の前のことにしか興味が無いし、手に入ればそれも意味を持たなくなる。
そういう人間のための職種なんじゃないかな。基幹職って言うのは。
自分の危うさはわかってるつもり。あくまでもつもりかもしれない。
一直線な人が羨ましくて、妥協と言い訳をやめた。そしたら周りからはある程度認めてもらえたけれど、その短所も痛感したわけ。
『冷徹』『過激』『独裁』『傲慢』それから『孤独』。
そんな言葉が私の代名詞になった気がする。
そんな自分が自分らしく生きる場所なんてあるのかなぁ。
自分を曲げて変えていかなければならないのなら、自分の思ったことを言わずにやらずに生きてくのなら。
爪も牙も角も何もかも隠して生きるみたいでややこしい。
私は自分の立ち位置を知っている。グループワークでインテリを押し退けて陣頭に立つのは、彼らに余す事無く力を発揮してもらうため。指示を出しているのか出されているのか。でも私には論理的思考も緻密さもないから、自分が出来るのは彼らの能力を普通のレベルまで噛み砕くことだけだから。
正直、仕切るのは好き。自分に合っていると思う。
『独裁』
頭から離れない。
私は周囲を虐げている?
自分の我儘に付き合わせている?
傷つけている?
都合よく押しつけているだけ?
活動中の私が冷や汗をかいてるのはたぶん、すごく恐がっているからだ。
何度も聞いてしまう。『私、暴走してませんか?』
何度も言ってしまう。『独裁者になったら黙らせてください』
達成志向性、イニシアティヴ、概念的思考能力、リーダーシップ、分析的思考能力、プレッシャーへの耐性。
そんな言葉に言い換えるべき?
それとも今の自分を捨てたほうがいい?
友好性や人当たりはあまりよくないらしい。
適性診断を見て納得した。
『自分を孤独だと思っている』だなんて悲しくて笑えるね。でも当たってる。
たえず何かに追い立てられているので、気が付いたら周りには誰もいないことが多くて。『出来ない』って笑い合う人、そう言えばいないな。出来ないって気が付く前にどうすればいいか考えてしまう性格だから、はた目から見て迷いが無いように見えるらしい。
女の世界じゃ特に意見は求められにくい。自分は違うと思っても言わない。あくまでも肯定しか許されない聞き手。
長くいるからわかる不文律。
だからこそその裏の心理が透けて見えるような気がして疑心暗鬼になるんだね。
『失敗しろ』『出来るわけない』『自慢屋め』
そりゃ、口も閉ざしたくなる。誰かといてあとで悪口言われるなら一人で恨まれたほうがいい。本当そう思う。
恐がりな私は手加減を知らない。大人もドン引くような容赦無さ、この間ついに叱られた。自分に利が無いからって人の気持ちも踏み躙ってしまったこと。一度や二度じゃないよな。最低。
それを『熱意』と言ってくれた人もいる。嘘でも嬉しかったなぁ。
その人がこの間ポツと言った。『ライカさんの周りには否定するひとばかりいるんだね』って。
違う。否定されたことしか覚えてないんだよ。
肯定は裏返して真意を読むくせがついてるから、実質私の周りには否定と禁止が溢れている。
手負いの獣みたいな考え方だなって自分でも思った。
そうまでして嘘吐いて傷つけて手に入れようとしてるものは、無意味かも知れなくて、やはり自分には荷が勝ちすぎているかもしれなくて、分からなくて怖くなった。
わたしはあんなに無理したくない。ああなりたくない。そう言われてることも実は知ってる。
そうしか出来ない人はどうすればいい?
答えは無い。納得できるまでそうやって生きるしかないと私は思っている。
無理とか不可能とか言われると、ならいっそ殺してくれよと叫びたくなる。
ひとりはさびしい。だれかといたい。はなしをきいて。
でもそれ自体が『恵まれてる奴の甘え』だと。
もういい。面倒臭い。
手負いの獣で結構だ。
PR
この記事にコメントする